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東京高等裁判所 平成6年(行コ)207号 判決 1995年11月21日

控訴人(原告) 宇野精一 外四名

被控訴人(被告) 防衛庁長官

訴訟代理人 松谷佳樹 植田和男 伊東顕 村田英雄 重山正秋 ほか五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

原判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要及び争点

一  本件は、かつて陸軍士官学校、陸軍省、極東国際軍事裁判法廷等の建物として利用された来歴のある別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、その保存を求める控訴人らが、本件建物を所管する被控訴人が平成五年一二月一五日にこれを取り壊す旨の決定(以下「本件決定」という。)をしたことを前提に、本件決定は控訴人らの有する「史跡保存権」を侵害する違法な処分であると主張して、行政事件訴訟法(以下「法」という。)三条二項に基づき、本件決定の取消を求めている行政事件訴訟である。

二  当事者間に争いのない事実、控訴人らの当事者適格及び本件決定の違法性についての控訴人らの主張並びに被控訴人の本案前の主張に係る争点は、控訴人らの原審における主張を次のとおりに付加・訂正し、当審における主張を次の三のとおり追加するほか、原判決の事実摘示(原判決一枚目裏五行目から六行目表六行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表七行目から同末行までを次のとおりに改める。

控訴人宇野精一は、「市ケ谷台一号館の保存を求める会」(以下「保存を求める会」という)の会長として、同冨士信夫は、同会の代表世話人として、それぞれ右「市ケ谷台一号館」である本件建物の保存運動に取り組んできた者、同新井有治は、旧陸軍士官学校六一期生として、右会を支援し、同後藤修一は、同会を支援する立場から本件建物の保存運動を行ってきた者、同川村一之は、日本社会党に属する新宿区会議員として、政党的立場から本件建物の保存運動を行ってきた者である。

2  同五枚目裏四行目から同終わりより二行目まで(控訴人らの主張の(二))を次のとおりに改める。

行政庁の行為が法三条二項にいう「処分」に当たるか否かは、取消訴訟の制度目的に照らして判断されるべきものであって、その目的が行政活動により生じた違法状態の排除と国民の不利益の救済とにあることを直視すれば、法の規定する他の救済手段(取消訴訟以外の出訴可能性)がないにもかかわらず、国民の権利あるいは利益の保護もしくは救済を必要とする違法な行政活動が右の処分に当たらないとして取消訴訟の途を閉ざすようなことは法の解釈として許されるべきものではなく、他に救済手段がない行政庁の行為については、法三条二項の「処分性」を肯定したうえ、当事者の主張する実体に即した違法性の有無を判断すべきものである。

3  同六枚目表六行目の次に、改行して、次のとおりに加える。

なお、被控訴人は、控訴人らの主張する史跡保存権の概念が抽象的で、不明確であるというが、控訴人らの主張する史跡保存権は、憲法前文が規定する「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」したことによって国民に保障された右決意の内容を享受する権利の一つの具体的、個別的な権利であって、右憲法前文を手掛かりとし、直接的には憲法一三条に根拠を求めることができる権利であるところ、このような概念の抽象性・不明確性は人権規定一般にみられるところであって、基本的人権の多くは抽象的な規定の解釈から具体的な権利が導かれているのであるから、被控訴人が、史跡保存権に限って、その概念の抽象性・不明確性を問題にするのは本末転倒である。

三  当審における控訴人の主張

1  原判決は、本件決定の根拠法令及び法的効力、その具体的な行為内容が不明確であるという。

しかし、控訴人らは、被控訴人が平成五年一二月一五日にした本件建物の取壊決定の公表を行政処分と把握しているものであって、本件決定の具体的な行為内容は本件建物を取り壊すこと、その法的効力は控訴人らが享受している史跡保存権の対象である本件建物の喪失という法律上の利益にかかわるものであることが明らかである。

原判決によれば、本件決定の根拠法令を明確にする責任が控訴人らにあることになるが、法律による行政の原理に鑑みれば、被控訴人が本件建物の取壊を正当化し得る根拠法令を明らかにすべきものであって、また、本件訴訟でも、主張共通の原則が妥当するところ、被控訴人の原審における主張では、その根拠法令が、公用財産の管理処分として、国有財産法五条、八条、同法施行令五条一項三号である旨が明確にされているのであるから、いずれにしても控訴人らが本件決定の根拠法令などを明確にしなかったことを問題にする原判決は弁論主義に違反する。

2  原判決は、本件建物がいわゆる「公用物」で、その消滅には公共用物のように供用廃止等の特段の意思的行為を必要とせず、事実上の使用の廃止によって公用物たる性質を失うものであるとして、その処分性を否定するが、控訴人らが問題にしているのは、本件建物が公用物たる性質を失ったか否かではなく、公用物の性質を失う前提として、その行政過程において確実に存在するはずの本件建物の「取壊決定」そのものであって、この取壊決定、すなわち本件決定が法三条二項にいう処分に当たると主張して、その取消を求めているものであるから、原判決の右判断は失当である。

3  原判決は、取消訴訟の対象となる行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為につき、行政庁の行為のうち、行政庁がその優越的地位に基づき権力的な意思活動としてするような行為であり、当該行為によって直接に国民の権利・義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上で認められているものであるというが、右概念それ自体は抽象的であるから、問題は本件事案に対するあてはめの可否にあるところ、本件決定には、一方では、公表行為であるとか、公用物の用途を廃止したものであるとか、内部行為であるとか、法三条二項にいう処分性を認め難い側面もあるが、他方では、本件移転計画の公法行為性、本件建物の歴史的価値及びその価値を享受する国民の利益の要保護性という処分性を認め得る側面もあるのに、原判決が、後者を全く検討せず、前者を検討しただけで、本件決定の処分性を否定したのは不当である。

本件決定の処分性を検討するには、控訴人らの主張に係る史跡保存権の存否が影響するところ、原判決は「史跡保存権なる権利を肯認できるかどうかはともかく」として、史跡保存権を考慮しないで、本件決定の処分性を否定しているが、この点も不当である。

行政処分に当たるか否かは、取消訴訟の制度目的、行政活動の態様、侵害された国民の価値利益等を比較衡量したうえで決定されるべきものであるのに、以上のとおり右の比較衡量をしないで本件決定の処分性を否定した原判決は論理的でない。

第三証拠<省略>

理由

一  当裁判所も、被控訴人が、昭和六二年八月ころ、防衛庁本庁庁舎等を東京都港区赤坂から新宿区市谷に移転する計画を策定し、平成五年一二月一五日、右計画に伴い、本件建物を取り壊し、その一部を他に移設して復元する旨を公表したことにつき、右の公表行為それ自体は、法三条二項にいう処分に当たらないことが明らかであり、右の公表行為のうちに、被控訴人の行為として、本件建物を取り壊す旨の控訴人ら主張の本件決定が存したとしても、本件決定は法三条二項にいう処分に当たらないと解すべきであるから、控訴人らの本件訴えは取消訴訟の対象となるべき処分を欠く不適法な訴えであると判断するものであるが、その理由は、当審における控訴人の主張に対する判断を次の二のとおりに付加するほか、原判決の理由(原判決六枚目表終わりより四行目から八枚目裏終わりより四行目まで)と同一であるから、これを引用する。

二  当審における控訴人らの主張に対する判断

1  控訴人らは、第一に、原判決が本件決定の根拠法令などを明確にする責任が控訴人らにある旨の判断を示しているのは弁論主義に違反するものであるというが、前記引用に係る原判決の右判断は、その理由説示に照らして明らかなとおり、控訴人らの主張する本件決定が本件建物の取壊及びその一部の移設・復元を含む本件移転計画の公表行為そのものにすぎないとすれば、控訴人らの権利・義務に何らの影響を及ぼすものではなく、法三条二項の処分性がないことは明らかであるとしたうえ、本件移転計画が策定されてから本件建物の取壊及びその一部の移設・復元が公表されるまでの過程に、控訴人ら主張の本件決定が存するとしても、その処分性はないと判断しているものであって、本件決定の根拠法令などが明確でないのは控訴人らが主張責任を尽くしていないからであるとして、本件訴えを却下あるいは本訴請求を棄却するなど、控訴人らに不利益な判断をしているものではないから、原判決に弁論主義違背の違法があるとの主張は失当というほかない。

2  控訴人らは、第二に、本件建物が防衛庁の施設という「公用物」たる性質を失ったか否かという見地から法三条二項の処分性を問題にしているものではなく、事実上の使用を廃止する前提として存在するはずの本件建物の取壊決定を問題にしているのであって、公共用物のように共用廃止等の特段の意思的行為を必要とせず、事実上の使用の廃止によって本件建物が公用物たる性質を失うとしても、そのことから直ちに本件建物の取壊決定の処分性が否定されるものではないという。

しかしながら、法三条二項にいう「処分」とは、行政庁の行為の全部を対象とするものではなく、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接に国民の権利・義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上で認められているものをいうところ(最高裁判所昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決・民集一八巻八号一八〇九頁参照)、本件建物は、前記引用に係る原判決の判示するとおり、専ら防衛庁の庁舎として使用されている公用物で、控訴人らの主張に係る史跡保存権との関係を除き、その用途の廃止が直接に国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するという法的効果を伴うものではなく、この点で、右の処分性はないことは明らかといわなければならない。

3  控訴人らは、その主張に係る本件決定に法三条二項の処分性があるか否かは、控訴人らの主張に係る史跡保存権の存否が影響するのであるから、取消訴訟の制度目的、行政処分の態様、侵害された国民の価値利益等を比較衡量したうえで右の処分性を判断するとの見地から、本件決定についても、本件建物の取壊と史跡保存権とを比較衡量することで、その処分性を判断すべきものであるという。

法三条二項にいう処分は、前示のとおり、行政庁の行為によって国民の権利・義務の形成又は範囲の確定に直接に関係するものであるか否かに係るものであるから、控訴人らが主張する史跡保存権が権利として承認され、かつ、本件建物がその権利の対象になるとすれば、本件建物の取壊によって控訴人らの本件建物に対する史跡保存権が失われ、本件建物の取壊が控訴人ら主張の右権利を制限する効果を伴うこととなることは否定できない。

しかしながら、右にいう国民の権利・義務は、現行の法秩序の下において具体的な権利・義務として承認されているものであることを前提とするのであって、未だ具体的な権利として承認されていない権利あるいは利益が行政庁の行為によって侵害されたと主張しさえすれば、当該行為の違法性の有無に係る実体判断をしなければならないというのでは、法が取消訴訟を規定した趣旨ないし目的に反することになるものといわなければならない。

そこで、右の見地から史跡保存権についてみると、本件建物に歴史的な意義があることは控訴人ら主張のとおりであるとしても、国が個々の国民に対し現状のままに公用物である本件建物を保存すべき義務を負い、反対に、個々の国民が国に対し右のような性質の本件建物を現状のままに保存するよう請求し得ることを認めた実定法上の根拠はなく、その保存によって個々の国民が享受し得る利益は、事実上の利益にとどまり、法的な保護に値する権利又は利益とはいえないといわざるを得ない。

したがって、被控訴人が本件建物を取り壊す旨の本件決定をしたとしても、これによって控訴人らの権利・義務を直接に形成するものでも、その範囲を確定する法的効果を有するものでもないから、これを法三条二項にいう処分に当たるということはできず、控訴人らの右主張も採用することができない。

三  以上説示したとおりであるから、控訴人らの本件訴えをいずれも却下した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 伊藤紘基 滝澤孝臣)

別紙物件目録<省略>

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